道はいつでも続いてる

月経随伴性気胸をきっかけに、新しい人生へ☆

投げやりになったときに救ってくれた3人の身体の弱い女性たち

 

ブログをご覧いただき、ありがとうございます♡

hachicoです。

 

 

月経随伴性気胸だと診断されたものの、

根本的な治療法はないと言われ、毎月なんとか気胸に耐えていたわたしですが、

だんだん症状が重くなってきて、それとともに気持ちも急降下していきました。

 

そして一時期、もう全てがどうでもよくなって投げ出したい気分になりました。

 

毎月繰り返す気胸、この先あと何十年続くのか…

どんどん弱っていく身体…

どんどん減っていくお金…

結婚してなくて独り身なのに、この先どう生きていったらいいのか。

もう30代半ばなのに。

 

自ら命を絶つ、ということは

わたしの人生観上選ぶことができない選択肢でしたが、

神様に「いっそのこと、早くこの命を終わらせてください」

と毎日のようにお願いしていました。

 

そして、突然の投げやりで、

もうあらゆる治療(鍼灸、漢方、食事)を止めてやるーーーー!!!

と思い立った時がありました。

「治す」ために何もしたくなくなったというか、それに疲れたというか。

 

どうせ治らないなら、もう何もせず、

人生終わったように苦しみながら生きるしかない、

とかなり絶望的な気分でした。

 

そんな時、ちょうど漢方の受診日がやってきたので、

もう治療を止めます!

と言おうと決めて、漢方薬局へ行きました。

 

そうしたら、たまたま近くへ往診に来ていた鍼灸の先生がいました。

わたしの受診日だと聞いて、様子が気になって待っていてくれたとのこと。

 

わたしはよっぽど生きる気力のない雰囲気を醸し出していたのか、

漢方の先生も、鍼灸の先生も(二人とも女性)

わたしを見るなり、全力で励まし始めました。

「今の状態がずっと続くことはない。必ず変わっていくから。大丈夫」

と二人とも一貫して、必死にそのことを訴え続けました。

わたし、まだ何も言ってないのに。笑

 

二人の先生のそんな様子を見るのは初めてのことで、

そのエネルギーに圧倒されて、

治療を止めます、なんて言い出せずに

いつも通り漢方を処方してもらって帰ってきました。

 

漢方薬局までは、母が車で送り迎えしてくれていました。

その頃、気胸からの回復中は電車にも乗ることができない日があったのです。

漢方薬局から出て車に乗ったあと

もう漢方止めるつもりだったけど言い出せなかったなぁ、

とぽつりと言うと、

母が「この状態がずっと続くわけじゃないから、大丈夫だよ」と言いました。

 

なにこのシンクロ率!

生きる気力もなく絶望の断崖絶壁にいたわたしでさえ、

さすがにこのシチュエーションには笑いが込み上げてきました。

示し合わせたような、この小一時間に起こった出来事。

 

漢方の先生と鍼灸の先生は、

それぞれ病気をされたり、虚弱体質だったり、

その経験を治療に活かして実績を積んでいる、素晴らしい方々です。

 

わたしの母は、

20代で膠原病という免疫疾患を発症し、

60代後半の今も病気と共生しながら明るく生きている人です。

 

身体の弱い3人の女性たちに、

よってたかって応援されているかんじ。

3人の言葉にはエネルギーがあって、

絶望の断崖絶壁から、少し足場が安定しているところへ引っ張られたかんじ。

まぁ、もう少し(治療を)続けてみるか、

と考えを改めさせるぐらいのパワーがありました。

 

わたしがT病院で手術をするのは、この2ヶ月後のおはなし。

 

このときのわたしは、まだ何も、なーんにも知らなかったのです。

 

もし今、かつてのわたしのような人に出会ったら、

わたしも全身全霊を込めて伝えたい!

「今の状態がずっと続くことはない。必ず変わっていくから、大丈夫だよ」って!

 

 

心身ともに健やかに、美しく。

hachico